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| 去る8月23日、日本で最初にホタル護岸による河川改修を取り入れたり、自然工法などによって河川の再生事業を積極的に進められたりしている、山口市を流れる一の坂川を訪ねました。布留川北流の河川改修問題を考える上で、貴重な視察となりました。 |
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| 四季を通じて市民のいこいの場となっている「一の坂川」 | ||||||||||
| 山口市は、室町時代から戦国時代にかけて約200年の間、大内氏の城下町として栄えた町です。現在も山口県の県庁所在地として地域の中核都市となっています。その山口市の中心部を流れる川を一の坂川といいます。大内氏は、この川を京都の賀茂川に見立て、京都に似た町作りをすすめました。山口市が西の京都と言われる所以です。京都の宇治川からゲンジボタルを取り寄せ、そのホタルが土着したとも言い伝えられています。大正4年には川の両岸に吉野桜178本が柳の老樹の間に植樹され、川縁は市民のいこいの場となりました。しかし、一の坂川は洪水に見舞われることもしばしばでした。昭和46年の台風による水害を契機に河川改修を行うことになりましたが、国の天然記念物に指定されているゲンジボタルを保護するために、生息条件を考えた工法、いわゆる「ホタル護岸」による改修が全国で初めて行われ、昭和49年に完成しました。また、市街地の大規模な河川改修が難しいために、上流に治水だけを目的にした一の坂ダムが昭和59年に完成し、一の坂川は一段と安全な川となりました。一の坂川の環境は、流域の大殿小学校の児童や子供会、地域住民によっても守られ、県や市などの行政もそれを支えています。ホタルが生育できる清流をみんなで守ろうという強い思いが息づいているように感じました。毎年6月には「ホタル祭り」が行われ、初夏の風物詩となっています。 さらに、一の坂川では川の再生事業が行われているといいます。過去の河川改修によってコンクリートなどで築かれた三面張りの護岸をホタルが生息できる自然豊かな川に再生しdようという試みです。市の中心部約800mにおよぶ工事が始まっていました。堅牢な三面張りの護岸をシャベルカーでめくり、川底に使われていた石は、石垣として再利用されます。美観も考えた多自然工法により再生されつつあります。 |
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河川再生事業が始まった一の坂川
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